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双子のフクロウ『初めての贈り物 ~シュテファン編~』(3)

初めての方は、まずこちらをご一読下さい。

※この作品はフィクションであり、実在する人物、団体、場所などと一切関係ありません。




「―――……」

今、僕は目の前にある手袋を見つめている。
それは間違いなく、あの日彼女が落としていったものだった。

さっきの電話で散歩に誘われた時、僕は一も二もなく承知してしまった。

―――確かに、これからもそんなふうに逢うのは構わないと云ったのは、僕のほうだ。
しかも……僕が心のどこかで、彼女に誘ってほしい、
彼女に会いたいと願っていたことは、否めない。

―――情けない。


大分昔、とても精神的に仲良くなった女性がいた。
僕は彼女をとても信頼していたし、それなりに愛してもいた。
……そこに男が女に寄せるような感情があったのかと問われても、答えようがないのだけど、
彼女の存在が僕には非常に大切で、必要なものだったのは、確かだ。
そして心から彼女の幸せを願っていた。

ところが、彼女は僕との関係に未来の幸福を求めていた。
いつか僕が、彼女のために聖職を捨てて、共に家庭を築く心算でいるのだと
信じ切っていたことに、鈍感な僕はまるで気付いていなかった。

ある日、痺れを切らした彼女が迫ってきた。

僕は……―――拒んだ。
そして、彼女が求めているものを僕はあげられないのだと、宣言するしかなかった。
もし、その時の感情に流されて受け入れたとしても、
僕も彼女も傷ついたであろうことは明白だったが……
とにかくその時、彼女が非常に傷ついたのは真実だった。
そして二度と、僕の前に姿を見せなかった。

その時、僕は自分の情けなさと身勝手さを呪った。

気づいていなかったとはいえ、生半可な愛情で、
これほどまでにも大切な人を傷つけてしまった自分を、どうしても許せなかった。
―――そして、二度とこのようなことを繰り返すまいと、誓ったのだ。


それなのに…………。

僕はセーラが愛を告白してくれた時、はじめから突き放さなかった。
それはもしかしたら、彼女に対してとても卑怯な態度だったのではないだろうか?
再び、あの女性のようにセーラを傷つけることはないと、どうして云い切れるだろう?

でも―――僕は、何か明るくて美しいものを、セーラとの関係に予感しているようなのだ。

まったくの理屈も根拠もないインスピレーション。
しかし、……それは捨てがたいものだった。僕の中の何かがそうさせていた。
そして、無意識に今後の自分たちの関係がどのように発展していくか、楽しみにすら感じている。


“自分で決めたことだから、たとえどんなことが起きたとしても、絶対に後悔しません。
 ―――それだけは確かよ”


耳の中で、彼女の声が響く。

そうだ……セーラはあの時の彼女ではない。
僕もあの頃と同じではない。

僕さえ自制心がしっかりしてて、自分が後悔したりセーラが傷ついたりしないように、
一線を越えさえしなければ……もしかしたら……もしかしたら、セーラとなら……
あの彼女とは得られなかった関係を築けるかもしれない……。

たぶん、そんな淡い期待が、僕にセーラを突き放させなかった源だ。


そこまで考えて、思わず苦笑した。
目の前の手袋を、そっと指先で撫でてみる。

たぶん……僕が直に、こんなふうにあの子の手に触れることなんて、決してないんだろうな……。

そんなことを思うと、唐突に、頬に彼女の唇の感触を覚えた。
滅茶苦茶にぎこちなくて下手くそなキスだったけど……
まるで火傷の跡のように残っていて、消えない。
甘くて優しくて、……たまらなく懐かしい。

僕は手袋をとると、そのまま口付けた。


(つづく)
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趣味でいろいろ描いたり書いたりしています。

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