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お久しぶりです。

どうにも、公私ともにバタバタした状態がつづき、
ブログを更新する気力も、新しくイラストや小説を書く力も失っていました。
実はいまだにそうなのですが……(^^;

いろいろと書き散らしたフォルダ内をさぐっていたら、
一年ほど前に書いたと思われる、短いお話を発見しました。

「元旦もの」という仮題がついていたので、本当はお正月あたりにアップすれば、
ちょうどよかったのかもしれないけれど、特に元旦が主題になってるようでもなし、
冬の情景であるという点では、今でも遅くないかと思って、アップすることにしました。

『双子のフクロウ』主人公二人の、ちょっとした外典みたいな感じになってます。

走り書きした状態のままなので見苦しいところもあるかと思いますが、
いつものことながら、お読みになる方には生温かな目で笑ってやって頂けると幸いです。
(汗)


初めての方は、まずこちらをご一読下さい。

※この作品はフィクションであり、実在する人物、団体、場所などと一切関係ありません。



☆ 

扉の隙間から吹き込んできた冷気に、思わず全身が震えた。

頭だけ突き出すように外を見ると、細かな白いものが次々に空から降っている。
温かな時期には、いささか鬱陶しげに菊だのバラだのが生い茂っている地面も、
今はしんとして、粉砂糖を振りかけたようだ。
分厚いコートの襟に首をちぢこめるようにして、シュテファンは司祭館を出た。
鍵を閉めただけで、もう、かじかみそうになっている指を、急いで手袋におさめる。
重い溜息が出た。

―――……こんな陽気の時は、正直、外に出る気がしない。

現在、シュテファンが居を据えている司祭館は、
この国の北方にある小さな町の高台にある、古い建物であった。
基礎は三百年も経っているという。
前任の神父が「幽霊が出る」と真顔で話していたのも馬鹿に出来ないほど、
内部も古ぼけて、痛んでいるのがよくわかる。
決して居心地のいい家ではない。
それでもまだ、幽霊を目の当たりにするリスクをおかして、
自分の部屋でまずい紅茶を啜っているほうがましだ。

しかも、よりによって元旦の朝である。
この日ばかりは、祝日でも営業している店も閉まるし、
普通、仕事のために出掛ける者などありはしない。
……が、これが聖職者の運命なのか。
この生活は、三百六十五日、二十四時間、職場にいるようなものなのだ。
呼ばれれば、行かねばならない。

―――しかし、これが悩み事を聞いてほしいとか、懺悔がしたいとかだったら、
まだ出掛けがいもあるのだが、さきほど司祭館にかかってきた電話の中から、
「神父さま、よろしければ元日のお昼でもご一緒しませんこと?」と流れてきた
初老の婦人の声を思い出すと、気持ちはげんなりと萎んでいくようだ。

……ま、仕方がない。
それに、この町での赴任期間ももうすぐ終わることだし……―――。

シュテファンは、司祭館のすぐ脇に立つ教会を背に、
町の中心街へつづく古びた階段を降りはじめた。
この教会にも、実はいろいろ曰くがあるらしい。
そもそも、この場所は古の時代、何かの儀式に使われていたとかで、
時空を超えるポイントがどこかにあると聞いた覚えがある。

それを確かめようなどと思ったことはないが、
シュテファンは、灰色に沈んだような町を眺めながら、
身体の奥底に疼いている衝動を感じずにはいられなかった。

彼が、聖職の道へすすむ決意をした理由のひとつに、自由への渇望があった。

今から数年前まで、シュテファンの故国は共産圏であった。
たったひとつの政党が絶対的な権力を握り、大国の意志に蹂躙されていた。
学校へ進学するにも、職業を選ぶにも、外国へ行くのにも、
コミュニズムの目がそこかしこで光っていた。
シュテファンが本来志していた美術の道は、そのために断たれたといっても過言ではない。

自由になりたかった。
鳥のように、自由にどこまでも大空を飛んで、気の向くままに違う世界を旅したい。

カトリック教会は、コミュニズムと相容れない立場であった。
若かった当時のシュテファンには、宗教こそ、この檻のような国から
羽ばたいていくための足掛かりに見えたのかもしれない。
……もっとも、現実は大分違っていたけれど……―――。

「おッと」

足が滑った。
慌てて態勢を立て直す。
十センチ程度積もったサラサラの雪の下は、薄い氷が張っているようだ。

足もとから眼差しをあげて、シュテファンは息を呑んだ。
何かころころとしたものが、こちらへ向かって走ってくる。

すぐにそれが、真っ赤なコートを着た小さな女の子だとわかった。
さっきまで閑散としていた灰色の通りに、子供の身にまとう赤は鮮烈で、
一瞬、そこに花が咲いたのかと錯覚したほどであった。
少女というにはまだ幼すぎる彼女は、
シュテファンのことなどまるで気付かない様子で、踊るようにこちらへ近づいてくる。
どうやら、積もった雪を蹴散らしたり、足跡をつけたりして、遊んでいるらしい。

あんなふうに飛び跳ねていて、転んだりしないかしらん……―――。

シュテファンがそんな危惧を抱いたのと、女の子が小さな悲鳴をあげたのは、同時だった。
赤いコートが空を舞ったのが、花が散ったようだった。
子供はうつ伏せに倒れた。

思わず、シュテファンは走り出した。
走るといっても、やっぱり足もとがツルツル滑るから、早くはいかない。
そうしているうちにも、女の子は自分で両腕をつっぱって、上体を起こしていた。
足音で気配を察したのか、そのまま顔をシュテファンのほうへ向ける。

大きな眸だった。
つぶらで黒目がちな、きれいな眼差し。
二人の視線が絡みあった瞬間、シュテファンの足が宙を飛んだ。
どしん、と尻に鈍痛が走って、視界が、空一色になった。

「―――……いててて…………」

顔をしかめながら頭を起こすと、ひょい、と女の子がこちらを覗きこんできた。
彼女もさっき転んだばかりで、マフラーにもコートにも、雪をはりつけたまま、
大きな双眸を更に見開いて、シュテファンの目を見つめている。

しばらく見つめあっていると、ふと、女の子の口元がほころんだ。

底抜けに明るい声をたてて、楽しそうに笑っている。
おかしくて、おかしくてたまらないといった笑い方だ。
シュテファンもつい、一緒になって笑いだした。
尻餅をついたままの若い男と、小さな幼女が、雪の中で顔中を口にして笑った。

「だいじょうぶ……?」

まだ笑いがおさまらないまま、女の子は身を起こすシュテファンに訊ねる。
舌たらずな愛らしい声だった。

「ああ、大丈夫だよ」

本当は自分がかけるはずだった言葉を逆に受けて、シュテファンは苦笑しながら、
女の子の脇の下に手を入れて立たせ、コートの雪を払い落してやった。

「君は大丈夫だった?」

しゃがみこんで、相手と目線を合わせる。
その毛糸の帽子の下からは、見慣れないほど黒い髪の毛が垂れて、
やわらかそうな頬は紅潮し、ふっくらとした唇が愛くるしい。
満面の微笑みをたたえたまま、つくづくとシュテファンの顔を眺めている。

年の頃は、五、六歳といったところか。
近くで見ると、どこか異国情緒の漂う貌立ちをしている。
しかし、どういった民族の特徴とは咄嗟に判断できない。
強いて云えば、中東系だろうか?

「うん。だいじょうぶ」
「痛くなかったかい?」
「いたかったけど、もういたくないよ。おにいちゃん、やさしいもん」

ふと、シュテファンの心を温かなものが覆った。

もともと、シュテファンは子供が好きだった。
それがわかるのか、たいてい、子供たちもシュテファンにはすぐになついて、
心を開いてくれるようだ。それを姉妹たちは揶揄して、
「あんたは子供にだけは好かれるわね」とよくからかったものだ。

―――ただ、今、この見知らぬ子供に感じたものは、何か少し違うような気がした。
もっと、しっとりと心の奥までしみいってくるような……
それでいて、きらきら輝いて山の高みまで羽ばたいていくような……。

しかし、特にそのことを意識もせず、シュテファンは微笑み返しながら、
女の子のかしいだ帽子をなおしてやった。

「お父さんや、お母さんは?」
さっきから、周囲にそれらしい大人の姿はない。
「おうちのなか」
「お家はどこ?」
「そこ」

初めて眼差しをシュテファンから外し、女の子が指さしたのは、
彼らのすぐ目の前にある一軒家だった。典型的な一戸建て住居である。

「でも、ほんとうのおうちは、ここじゃないの」
両親が近くにいると知ってほっとしているシュテファンに、子供は話しつづけた。
「本当のお家?」
「うん。あたし、いつもは違うとこにいるの。今だけここなの」
「へえ、そうなんだ」

おそらく、親族か知りあいでも訪ねてきているのかもしれない。
ここは田舎街である。
普段は首都などに棲み、週末や祝日だけ実家に戻る家族も多い。
この子もそんな例だろうと内心で考えつつ、シュテファンは、
急に胸の中で何かが萎んでいくのを感じて思わずドキッとした。
―――これじゃまるで……俺は……―――。

「星螺ちゃん! 帰っておいで、ご飯ですよ!」

不意に、シュテファンのまったく聞いたことのない言語で叫ぶ女性の声が聞こえて、
女の子はハッと“自分の家”を振り返った。
「ママだ」
駆け出そうとして、ふと、こちらを見る。

「あ……ごめん」
その時になってようやく、シュテファンは、
自分が今までずっと子供の手を握っていたことに気がついて、慌てて放してやった。
それでも、女の子はしばらく、彼の目を見つめていた。
何かそこに名残惜しそうな色が浮かんでいたのは、自分の気のせいだったろうか。
見つめあっていると、再び、さきほどの女性の声が呼んだ。

「もう、ここへは来ないの?」

シュテファンに背を向けようとする子供に、思わず訊ねる。
振り返った顔は、しかし、明るかった。

「来るよ。またおにいちゃんにあいたいもん」

それだけ云って、彼女は今度こそ駆けだした。
真っ赤な花が、ころがるように門をぐぐりぬけていく。
「元気でな!」
その背に呼びかけると、彼女は手を振って応えてくれた。

女の子が家の中へ吸い込まれたのを見届けてから、シュテファンは、
口元がほころんでくるのを抑えきれないまま、本来の目的地へ歩きはじめた。

―――……可愛い子だったな……。

なんだか、心の奥底に眠っている、懐かしい思い出を呼び覚ましてくれそうな、
そんな郷愁を感じさせる眼差しだった。
だから僕も、また逢いたいと思ったのかもしれない。

しかし、自分はもうすぐ、別の教区へ転任になる身だ。
もう二度と、この小さな町へ戻ってくる機会はないだろう。

あの女の子とも、おそらく、今後決して……―――。


――――――それは、お前の思い込みというものだぞ、シュテファヌス。
――――――そうだよ、スティーヴン。だって、あの子は……。



ふと、耳元でそんな声が聞こえた気がしたが、シュテファンは意に介さなかった。

どこぞの国には、“袖触れ合うも多生の縁”とかいう諺があるらしい。
たった一時、偶然言葉を交わしただけの、あの美しい幼い少女にしても、
そういったある種の“ご縁”だったのだろうか。

しかしもう、訪問先の玄関に立ったシュテファンの心の中からは、
女の子の面影はきれいに消えていた。

この春から、彼はイタリアのチロル地方にて、
ドイツ聖母マリア騎士修道会へ入団するための研修を受けることになっている。
修道士となれば、この国の司祭たちや司教たちに縛られることもない。
ヨーロッパのどこへ行っても憚りないのだ。

今度こそ、待ちに待った自由の世界が得られる……――――――。
その期待に、若き日のシュテファンは燃えていた。


***


「きゃっ」

かすかな悲鳴とともにバランスを崩したセーラの身体を、
シュテファンは咄嗟に支えてやっていた。
彼の胸にすがるようにして、彼女は態勢を立て直している。

「ご、ごめんなさい。つい、滑っちゃって……」

驚いたせいか、羞恥のためか、セーラの頬はうっすらと紅潮している。
そんな彼女の姿がシュテファンの目には愛らしくて、思わず口元がほころびた。

「気を付けて……この下は凍ってるんだ」
「そうよね。今度転びそうになって、貴方まで一緒に倒れたらたいへんだわ」
「大丈夫さ。そしたら一緒に転ぶだけ……―――うわっ」

そんな話をしていた矢先に、今度はシュテファンの足が滑った。

しっかりと腕を組んでいたから、セーラも一緒にかたい氷の上へ倒れ込む。
次に気がついた時には、彼女の身体を腕の中に抱きしめたまま、
二人は向い合うようにして体を横たえていた。

「―――……もうっ、シュテファンたら」

しばらく呆然と見つめあったあと、唐突にセーラが笑いだす。
彼女と一緒になって笑いながら、シュテファンはふと、何かを思い出しそうになった。

―――ああ、あれはいつのことだったろう。
セーラみたいにきれいな眼をした女の子と、一緒に雪の上に転んだことがあったっけ。
……あの女の子、今は何歳くらいになっているのかな。

「シュテファン……―――?」

上体を起こしたセーラが、横たわったまま想いに囚われているシュテファンの顔を、
訝しげに覗きこんできた。

「大丈夫?」

その時、シュテファンは息を呑んだ。
―――この、眼差し。
―――この、声。
……いや、まさか。

「―――……大丈夫だ」

笑いかけると、セーラも安心したように微笑した。
しかし、シュテファンの胸の中では心臓が高鳴ったままだった。


“またおにいちゃんにあいたいもん”


そうだ。
どうして今まで、あの子のことを忘れていたんだろう。
彼女はこうして、僕に逢いに来てくれていたのに……―――。

いつものデートコースになっている森の道を歩きながら、
シュテファンは自ら腕を絡ませてきたセーラを、いつになく熱い眼差しで見つめていた。


おわり
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