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双子のフクロウ『神父たちのバカンス事情 ~エピローグ~』

“双子のフクロウ”シリーズ 長編 『神父たちのバカンス事情』、これにて完結となります。

ここまで読んで下さった方々、お付き合い頂きありがとうございました。
少しでも楽しんで頂けたなら幸いです(^^)


初めての方は、まずこちらをご一読下さい。

※この作品はフィクションであり、実在する人物、団体、場所などと一切関係ありません。




 双子のフクロウシリーズ
『神父たちのバカンス事情』
    ~エピローグ~



大海原から流れる風に、黄金の髪が舞う。
黄昏のかすかな残り香のような明かりも消え去り、夜の闇が漂い始めた中でも、
血のように赤い眸だけがルビーのように輝いている。

目の前に広がる水と大気を眺めながら、イリアは人気のない浜辺に立ち尽くしていた。

もっとも、今仮に人間がここを訪れたとして、その姿は見えるはずもない。
おそらく気配を感じ取ったとしても、彼の放つナルドの香りが鼻を掠める程度だろう。

―――しかし、先ほどから自分を注視している者があることを、イリアは承知していた。

「いい加減、姿を見せたらどうだ」
目を眇めるようにして呟くと、爽やかな風が巻き起こるとともに、“彼”は現れた。
『……イリア様』

―――銀色の眸に、七色の翼。
早朝の山脈を流れる渓流と花の芳香を足したような香りが、彼の気配である。

「どうだ。満足したか」
一昔前の執事を思わせる丁寧な所作で頭を下げる天使に、イリアは素っ気なく云う。
『このたびの貴方様のご協力には、お礼の申しようもございません』

「まったく、てめぇのせいでとんだ茶番に巻き込まれちまった」
突然、イリアの隣で不機嫌な声をあげたのは、アザゼルである。

「なんだ。ベルボーイやウェイターの役は不服だったか」
「そんなことじゃねえ。あのスカルピア気取りの好色神父の私物をいじったり、
 おっさんの兄貴のカレンダーに細工したり……。
 だいたいあんなふうにコソコソするのは俺の性じゃねえんだよ。
 それもよりによって、あの脳ミソがお花畑な処女の納豆女と、
 その納豆に頭がイカレてるおっさんのためだぞ。
 俺はもう、こんなのに付き合うのは二度とご免だぜ」

『貴方様のご活躍にも、もちろん、心より感謝しております。
 ……しかし、わたくしがご協力を願いましたのは、イリア様だけでございますので、
 わたくしに不平を仰るのはお門違いかと』
「あん?!」

天使のしれっとした応答に、アザゼルは目を剥いた。
「ったく、だから天使ってのは気に食わねえんだ!」

――――――……なあんちゃって、本当は結構楽しんでいたんでしょ?

そんな声がして、天使の両肩の上へふたつの光の玉が舞い降りてきた。
右肩にひとつ、左肩にひとつ。
……その光の中に、小さな人間の姿が見える。
アザゼルは舌打ちした。

「なんだよ、お前らもグルだったのか」

――――――わしらは見守っていただけだ。
――――――イリアさん、黄門様みたいでかっこよかったあ!

「何が“見守っていただけ”だ。
 ただのデバガメじゃねえか……ってか、なんでお前らが水戸黄門なんか知ってんだよ」

「あのふたりは、どうなった」

小人たちとアザゼルのやりとりを無視してイリアが訊ねると、天使はふわりと微笑んだ。
それはそのまま、彼が守護する魂をもつ娘の表情と重なる。
イリアが彼女の微笑みを直に見たのは、昨夜の一度だけだったろうか。
……杏珠とはまったく違うのに、やはりどこか、似たところがあるような気がする。

『お蔭さまで、無事に帰路を終えました』

「あいつら、とうとう何もしなかったじゃないか」
アザゼルが手を髪につっこみながら間に割って入った。

「お前の目的もそれだったんだろ? せっかくのシナリオも台無しだな。
 好色神父やおっさんの兄貴や、挙句に俺や主まで巻き込んでおいて、
 結局何も変わらなかった。裏でこんだけ大がかりなお膳立てをしてるのも知らずに……
 潔癖さや頑固さもここまでくるとハタ迷惑でしかねえ」

『そのようなことはございません』
天使の声音に、凛とした響きが雑ざる。
『人間が糧を得る過程やその顕れ方には、様々な方法がございます。
 身体の距離や結びつきもそのひとつに過ぎないということが、貴方様にはわからないのです』

――――――そのとおりだ。シュテファヌスもお蔭でいくらか成長したぞ。
――――――まあ、スティーヴンの頑固頭は筋金入りだからね。そこは同意するよ、アザゼル。

「気易く呼ぶな!」

「―――あの男に伝えろ」

じっと何か考え込んでいたイリアが突然口を開いて、他の者は一斉に押し黙った。
しばしの静寂があたりを包む。
イリアは、唇を開きかけたまま守護天使たちを見つめていたが、つと瞼を閉じた。

「……いや、よい。もう退がれ」

息を吐くとともにそれだけ云うと、七色の翼とふたつの光の玉は、
闇に溶けるように消え去ってしまった。
アザゼルは何か云いたそうにしたが、黙り込んでいる主人の様子を見て、
溜息をついて遠ざかっていった。

―――再びただ独り、イリアは浜辺に立ち尽くしていた。

いつのまに上ったのか、欠けはじめた月が地中海を照らし出している。
それすら目に入らないで、隻眼の神父は世界のもっと奥を見つめていた。
……すると再び、物怖じすることもなく、まっすぐ自分の眸を見つめていた、
あの高野聖を彷彿とさせる男の顔が脳裏を掠める。


“……アンジュさんは決して誰にも傷つけさせないと、そう仰ったでしょう。
 そういうことを云い切れる貴方が、羨ましいと思ったんですよ”

“僕には貴方みたいに、愛する存在を守り切れると云えるだけの、根拠も自信もないんですよ。
 そもそも、僕は誰かを情熱をもって愛する力を失ってしまいました……”


―――……馬鹿な男だ。
イリアはまた、自分の胸に浮かんだ感情に失笑せずにはいられなかった。


……俺にはむしろ、愛する者の思慕と信頼を勝ち得ている、お前のほうが羨ましい。


そう云ってやろうかと思ったが、考えてみたらそれこそ馬鹿馬鹿しいことだった。

―――ふと、杏珠のことが気になった。
今頃どうしているだろう。
……今夜くらい、一緒に過ごそうか。

長い長い瞑想から醒めたイリアは、杏珠が独り過ごしているであろうホテルのほうへ、
物憂げな一歩を踏み出したのだった。


(エピローグ 完)


おしまい

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Author:間 真弦
趣味でいろいろ描いたり書いたりしています。

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